Saturday, May 26, 2018

Laugh more





毎週、土曜は、アリアちゃんのレッスンの日。
K-popの大ファンで、毎週、その中でお気に入りのスターの絵を描く。
もう、すごいやる気満々で、みていても、きもちいい。
韓国人の人たちの、肌は、尋常じゃなくきれいで、
赤ちゃんのような肌。
なのですごくむずかしい。
 Every Saturday, Alya chan comes for an art lesson.
She loves to paint stars of K-pop.
She has always huge motivation to paint, so I feel like I am getting energy from her.
Korean people have fair skin like babies, so it is really difficult to paint.





今日は、隣の芝生は青い?

自分がすでにもっているものに、
感謝の気持ちを持ち始めるまで、
隣の芝生は青い。
つぎにほしいと思う、強い願望が
社会的地位や物であるなら、決して、幸せにはなれない.

自分のいま、もっているものに感謝をしよう。
わかってはいるが、
もう少し目が大きいほうがいいだとか、この辺がこうだったらとか、
なかなか、今のままの自分に満足なんてできっこない。
あ、芝生が青いというのは、そういう意味ではなかったかも。


The grass is always greener on the other side- until you start to appreciate what you've already got,that is. Longing for the next big thing, whether it's status or material possessions, only makes you unhappy and restless.

Friday, May 25, 2018

From the sea







一応、結婚記念日ということで

ワインで一応お祝いらしきものをする。

老後は、日本で。

そういう計画をたてていた。

しかし、昨夜, 家人は、ほんとのところを話しはじめた。

世界は広い。

まだ、いろんな国を見てみたい。

そして、死ぬまで、働いていたい。

自分の知識と経験が、誰かの役にたつのであれば。

家人は、どこかまた、新しい国をめざしているらしい。

私は、今、何も考えられない。
おいしいラーメンを満喫してから、
これからのことを考えよう。

Anyway,it was our marriage anniversary last night.
We celebrated with white wine.

We've been planning to settle down in Japan.
However, he explained about what he actually wants to do.

The world is wide.
I would like to see various countries which I haven't visit.

And I would like to work until die.

If I can use my knowledge and experience.


He is going to go somewhere which he never been before.

Me?

I can't think anything now.
What I can think now is I want to enjoy yummy ''Ra-men".
And I will think and then about my future.

Thursday, May 24, 2018




きょうは、結婚記念日。
あれは、1995年、大阪。
全くのあかの他人が、突然、いっしょに生活を始めて、大体がうまくいくはずがないとずっと若いころからおもってきたので、うまくいった瞬間に喜ぶというふうにやってきた。


記念日を、祝うということもあまりしなくなった。
誕生日も、娘がイギリスから帰ってきてからいっしょにしようということで、
なんやかんやの言い訳をつけて、二人だけでの祝い事は減っていく。

今回は、家人は、今日の記念日をすっかり忘れているらしい。
私は、2日前に偶然思い出した程度。
こうして、第2の人生のスタートを切ったあの日のことは、
忘れ去られていき、写真をみることもなくなる。

人間、成長していくとともに、老化もしていく。
いろんなことがフェイドアウトしていく。

それでいいのだと思う。


Tuesday, May 22, 2018

Garden city, Al Ain





     お兄さんたちが、懸命に、きれいにしてくれるおかげで、
この町は、ほんとにきれいだとおもう。
ほとんど、ごみをみることはない。

イギリスにいったときに、木にスーパーの買い物袋があちこち、ひっかかっていて、
興覚めしたことがあった。ああいう風景は、まずここではない。

ほんとに、感謝。
炎天下、50度の中ででも、仕事の手をとめることはない。
私たちは、エアコンのなかで、ブログにぱちぱちしていて、
申し訳ない気持ちになる。










10年ほど、探し続けたものがやっとでてきた。
ほとんどあきらめかけていた。

それがこれ。




車を買ったときに、鍵は、二つあったはず。
いつの間にか消えてしまった。
鍵を注文すると、
かなりの値段なので、ずっと、ためらっていた。
もし、私が唯一持っている車のカギをなくした場合に
完全に車にのれなくなってしまうというリスクと
背中合わせだった。
車のカギなんて、そんな大事なものを
なくした自分に
すっかり落ち込んだりした。

しかし、鍵の出どこがすごい。
毎週少なくとも3回は使うレッスン用のバッグの中のポケットの中のポケット。
なんと、ポケットの中に、ポケットがあった。
車のカギなんて、結構重たいものなのに、
なんできづかなかったのだろう。
ミステリー小説にでてきそうな、
ポケットの中のポケットの存在が、なんだか、
クローゼットの中にはいっていくと、
違う世界がひろがっていたというあの、
映画のような不思議な感じ。

まーとにかく、今日は、いい日になりそう。

Monday, May 21, 2018

Japan 3








copyrightにひっかかっているということで、
今朝、インスタグラムに
いれたこのビデオは、ブロックがかかった。
ドローイングのほうは、ずいぶん前に練習で、本から、描いてみたもの。レッスンのときに、サンプルでみせるのによく使った。もちろん、私の写真から起こしたものではないので、売り物にはならない。
ビデオにも、このドローイングだけではなくて、
私の、水彩をくっつけたので、コピーライトには、引っかからないとのんきに考えていた。ここUAEでは、かなりコピーライトにあまいところがあり、わたしも、ここに、18年。ちょっと、油断してしまったと、猛反省している。

ここでは、ネットでみつけたここの王族の方々の絵を描いて
展示会で堂々と売られている。この国作り上げたとされるザイード氏は、もう亡くなっているので、
今出回っている絵はほとんど、ネットからの写真をつかったものばかり。そのあたりは、ほかの国ではどうなのだろう。



もちろん、スケッチもするが、写真から起こすこともよくある。写真もできるだけ、自分で撮った写真を使う。
この着物の絵は、残念ながら、目の前にモデルがいないので
写真を借りている。着物のしわの寄り方とか、袖の流れ方とか、絵になる写真を探しているときに、すでに、どういう風に描こうかなというのは、頭のなかにできあがってくる。
絵の上達は、絵を描くだけではないとおもっている。
いい写真を見ることも、目の訓練になる。
見た写真のすべてを模写する必要はなくて、
頭の中に、美しいものをため込んでおくことが大切なのだとおもっている。
激しい老化の波のなかで、どれほど、ため込んでおけるかは、問題。







Bright future






誰にでも、与えるものはある。
笑顔を与える、笑いを与える。
求める活動から、与える活動へ転換をはかろう。


Everybody has something which they can give.

We can give smiles and laughter. We can make things that are beautiful and touch people's lives. 

We should change from demanding things to  giving things.





自分の持ち物が減っていくたびに、
自由になっていくのがわかる。

これから、私の人生で、14回目の引っ越しが来ます。
あ、間違い、16回目でした。もう、10回超えると
わけがわからんなくなります。

Sunday, May 20, 2018

Dancing in water



なんやかやと、倉庫からでてきます。
まじめに取り組んでたなー。


Facebookは、最近全然つかってなくて、インスタグラムを使っている。
インスタグラムは、自分のすきな分野の人たちとつながることができるし、みたくない広告もみなくていいので、すごく便利なことに、今きがついた。
昨日、Facebook からのメッセージで、”You owe us $15.98"
どうも、わたしは、Facebookに借金があるらしい。
しかし、なにもしてないのにおかしいので、友人にきいたら、
多分、詐欺ではないかとのこと。
$15くらいの小さなお金で、銀行の詳細とかをききだして、
すべての個人情報を手にいれてしまって、
ある日気が付いたら、銀行の口座がゼロになっていたというもの。
怖い怖い。
なんでもかんでも、カードや、オンラインの時代。
そこに、漬け込む、詐欺の手口はすごい。
このリンクから、入ってください。
みたいな、添え書きがあったら、
まず、そのリンクをクリックしないこと。

便利な裏には、なにかしら、
ややこしいものがくっついてきます。
気をつけないと。



Friday, May 18, 2018

Japan 2





その人の良いところを好きかどうかではなく
その人の悪いところを許せるかどうか

価値観が同じかどうかではなく
違う価値観を尊重できるかどうか

。。。。。。。。

19歳年の違う旦那さんを持つ友人は、
突然失業した旦那さんの毎日の生活に
失望している。
彼女は、今、大學で働いていて、
100%、大黒柱。
だんなさんは、1日中テレビをみて
動かない。
共働きだったころは、
二人の子供を育てる戦友みたいで、楽しかったという。

そういう彼を受け入れられないという。
そう、許せない。

別れることを考える。

しかし、こどもから、父親を奪う権利はわたしにはないと、
彼女はいう。
年を重ねていくごとに、どこの家庭も、いろいろな問題をか抱えていく。
どこまで、許せるのか。
どこまで、違う価値観を尊重できるのか。







永遠の課題でございます。

Sanaiya, Al Ain




 


新しい生徒さんのご夫婦は、南アフリカからきたひとたち。
レッスンの最初は、
葉書きサイスのものを、3枚。

花と、リンゴと、サクランボ。
サクランボの時に、
奥さんのほうが、
桜といえば、日本なんだけど、
なぜ、サクランボが日本にはないの?

という質問に、答えることができなかった。
私が、日本にいるときに、
サクランボが木になっているところをみたことがなかったから。私も、同じようなことを思ったことがあったけれど、調べる機会がないまま、すごしていた。
ということで、ネットのお世話になることにし、
帰ってから、Yahoo知恵袋で調べてみた。




ベストアンサーに選ばれた回答

プロフィール画像
2012/5/310:02:10
回答させていただきます。
桜の仲間には、果実を目的に栽培する甘果桜桃(単に桜桃とも言います)を、販売・消費段階では日本で「サクランボ」(桜の坊)と呼んでいます。同じく酸果桜桃が主にヨーロッパで栽培されており、缶詰などの加工品にされています。
日本でのサクランボは、日本で普通に栽培されて花を観賞している桜とは属が異なります。
しかし、日本の桜でも平均的に外形が10mm前後ほどの果実が付きます。色は黒紫色が大部分ですが、アカミオオシマ(赤味大島)のようにサクランボ色の果実を付ける品種も有ります。味は色々で、渋くて食べられないない物から、甘みのある品種まで有ります。
概して果肉部分が少ないので、食用には供していません。
桜には[自家不和合性:自家不燃性]との性質が有りまして、同種の花の花粉では受精が行われず(自家受粉の事)、他種類の花粉でなければ受粉・受精が行われません。それ故に、並木植えされましたソメイヨシノでは、近隣に他種の桜が少ない場合がおおいので、果実を見る機会が少ないのです。
また、桜が果実を付けるのは殆んどが一重の花の品種で、花弁数が多くなる程一般には果実の着果は稀となります。

サクランボの苗を頂いたとのことですが、シナミザクラ(暖地桜桃)であれば小さいながらも自家受粉にて果実を付けます。その他のサクランボでも、自家受粉するとの品種も有りますが、生産業者さんでは着果の安定の為に、他種の品種を混植しています。
学校から貰ったとの事ですので、多分「暖地桜桃」かと推測します。
桜の木と、サクランボの木は基本的に違うと、理解してよいのかな。しかし、桜のあとで、どこもかしこも、サクランボになると素敵だろうになーと思う。イギリスでは、道のその辺に、サクランボがなっていて、歩いているときに、取ってたべていた。お店に並んでいるものより、小粒だけれど、味はすこぶるよかった記憶がある。









Wednesday, May 16, 2018

Japan







母に送る絵手紙を送る前に、インスタにいれはじめたら、これが、結構面白い。
誰も、私の作品を”名画”と呼んでくれるひとがいないので、(マーいるわけないのだけれど)、自分で名画だと、自己申告。誰も傷つけていないので、よしとしよう,とはいえ、ナルシストも甚だしいと思われるだろうけれど、自分で自分の作品を言いと思っていないと、ほかの人もおもわないわけで。
 
If somebody is interested in it, open Instagram, Midori Yoshino.
You can see the process how I paint  them.


明日から、ラマダンが始まるので、カフェでお茶ができなくなる。
1か月間、太陽が出ている限り、飲み食いを公の場ですることはできない。
きょうは、この町に住む日本人があつまって、情報交換の日となった。
ラマダンが明け次第、夏休みの長期休暇で、みんな、ちらばってしまう。

タイ、ベトナムに行く人、イタリアへ行く人。カナダにいくひともいる。
私は、まー素敵だわねーといいながら、なぜか、頭の中に、屋久杉がでてきた。
まったく、なんの結びつ気もないので不思議。
樹齢1,000年の屋久杉は、特別天然記念物。
行ったこともないし、特別に行きたいともおもったことがなかった。
標高の高いところに生えているので、
かなり歩かないと見ることはできない。
なぜだろう、姉と一緒に、屋久杉を見ている自分が、頭の中にぽっとでてきた。
1,000年の木の中に、エネルギーをくれる魂がやどっているという話をきいたことがある。
多分、私はその、エネルギーを感じたいなと思っているのか。
どっちかといえば、温泉のほうが、好きだけど。

屋久島行き、正夢になるかな。

Tuesday, May 15, 2018

過去が見える。





2週間前に、韓国人のスターの絵をアリヤちゃんのレッスンで描いていたが、
どうして、仕上げたものかと、かなり、苦闘。
200gの紙で、水をつかいすぎて、
波うってきてしまい、使いづらい。
水彩色鉛筆のオレンジでスタートして、
黄色の絵の具を落とす。
その後、ネイビーだの、紫だのおとしてみた。



Love conquers all things 
except poverty and toothache.

愛があれば、たいていのことは
乗り越えられる。
だが、貧乏と、歯痛だけは無理だ。

Mae West

最近、友人との話題は、
老後の生活のことばかり。
ちゃんと蓄えはあるのかとか、
今から、アパートを買うべきだろうかとか、
賃貸でいいんじゃない?とか。
日本からずっと離れてこんなところで、
たらたらと、暮らしていると、
日本の良さがしみじみとおもいだされてきたりする。



ずっと、外を歩けない生活を、18年もしていると、
風で、ざわめく森の音が恋しくなったり、
川で水の音だとか、虫の音だとかが懐かしくおもいだされたりするものだ。
そう、ここでは、暑すぎるので、歩くひとがまれ。なので町が歩行者を優先した形でつくられていないというのは、非常に残念なこと。人間を身近になかなか、感じるということができない。
どこにいっても、いいところとそうでもないところがある。

8年間のUAEでの生活のなかで、
もう、あたらしいものをみつけられなくなっていることに気がつく。否定的に考えているわけではない。
私は、結構どこでもそれなりに生きていける人なのだ。
きっと、毎日たらたらと、新しい絵でも描いて何か、新しいものをつくりださなければ、という動機になっているのは
ここの環境のせいなのだろうとおもったりする。

ということは、ここの環境に感謝せねば。ね。





You don't stop laughing
because you grow old.
You grow old
when you stop laughing.



どうしても、捨てられない、耳の取れたウサギ。

Sunday, May 13, 2018

Al Ain






20秒ほどの、ビデオをインスタにあげるのにこっている。インスタに入れるビデオや、写真は、正方形なので、縦長のはがきのような絵をビデオに撮って、インスタにあげると、下部がぶっちりちぎれてしまうので、それの構成がちょっとむずかしいだけで、あとは、いたって、簡単。
記憶が薄れ始めた母に、毎日絵手紙をおくる。
6月に帰国できるか、7月になるかは、
まだ、不明のまま、月日はすぎていく。

自分が郵便屋さんだったらどうだろうと、考えてみた。
切手は買ってるわけだし、なにも、悪びれることはないとはいえ、
毎日葉書き1枚を配達させられたら、自分だったらどうだろうと考えてみた。
仕事だと割り切っていても、
またかー、まーあきずにこんな絵手紙を
毎日送る人の顔をみてみたいと
思われているだろうなと、実は思っている。
雨がふろうが、嵐がこようが、
毎日同じ家に1枚の絵をとどけるという任務。
ほんとに、ほんとに、申し訳ない。








1回捨てたものを、拾いに行ってしまった。


やはり、別れはつらい。
なんてことはない、貝殻なんだけど、
せめて、もう1度描いてからってことで、ダストシュートの前に置いたものを取りに行くという、あきらめのわるさ。
いままで、いろんなものを
断捨離の名のもとに、
処分してきたけど、
あとで、拾いにいくというのは、はじめてだった。


Still life

   






昔の作品。つまらないので、左がわに、緑色をおとしてみたら、
地面が曲がっているようにみえるようになった。
色が目に与える影響は大きいなーと、しみじみ。




インスタグラムというものは、ほんとにおもしろい。
好きな画家さんのインスタグラムとつながって、
すぐに見ることができるだけではない。
自分がそこにいれた絵も世界のどこかのひとがみることになる。
中には、入れ墨師のインスタのひとも、”followします”というのがくるのだが、ほんとに、すべて、入れ墨の情報で、感心するばかり。

今朝は、Azerbaijan の肉のインスタとつながった。
羊から、ビーフから色々取り揃えておりますという



アゼルバイジャンといわれて、
地図の上で、
すぐに指させるひとが
100人中何人いるだろうか。

お肉をぶら下げている太ったおじさんのイラストがご愛敬。

Saturday, May 12, 2018

Al Ain


これは、アルアインの街中にある、アパート。
友人が住んでいて、随分まえに、スケッチをしたものがでてきたけれど、
中途半端におわっていたので、
色を足してみた。




何でまた、こんなタコの絵を後生大事にフォルダーにいれておいたのだろう。
多分、子供のレッスンのためだったのだろうけれど。
タコは、ブルーではないし。
絵手紙にするには、大きいし、
これを誰かに送ったところで、
喜ばれるようなこともなさそう。
水彩鉛筆で、ちょこちょこなんとか、おもしろくならないかなと
いじってみるけれど、
可能性は薄そうなので、中止。
タコとの別れ。


62円の記念切手がでてきました。
大切にもっていました。


11年前に、絵を描くきっかけとなった友人がくれた貝殻とも、お別れのときがきた。
ずっと、ずっと、大切にもっていました。
静物は、あまり、描く機会がなくて、
みつめているだけでした。
もっとたくさんもっていましたが、
形のいいのだけを残して、
少しずつ減らしていましたが、ついに、
全部の貝殻たちとの別れのとき。
彼女との思い出ともさよならするような気がして
悲しいけれど、私の記憶のなかにのこっていればいいのよね。
これからも、ずっと、絵は描き続けていきたいので
それが、彼女への、供養になるのだろうと思いたい。

Thursday, May 10, 2018

shadow





古い絵ですみません。
数年前に描いたものがでてきました。あまりにも、つまらないので,ちょっと、ブルーを手前にのせるところをビデオにとって、インスタにのせてみましたが,かなり、無理がありまして、ちょっと反省中。


視野が狭くなってきている。
属に言う、思考などの視野、展望、見解の視野ではなく、
見える範囲のほうの視野。
年を重ねるといろんなところに問題がおこってくる。
私の場合は、最近つとに、いらいらしていることがあって、
それは、瞼が重くなって、
ものがみえにくい。
瞼を指で持ち上げていると、
すごくものがよく見える。
目を開けるたびに
瞼をよいしょという感じで開けていることに気がついた。
昔は、瞼の筋肉もピンとはっていたので、目に影響はなかったけれど、年とともに、重力のほうが勝ってくる。
こんなに、違うんだ、この重たい瞼がなかったらなーと、

視野が狭くなっているのだから、
ふつうの病院で、病気として扱ってくれて、保険なんかきくかもしれないという
希望がないわけではないが、まー無理な可能性が高い。


整形手術での値段をいくらか調べてみると、
立派な値段がついている。

まー人とは、話をしてみるもので
先日友人とその話をしたら、
なんとその人も、同じ問題があって、
瞼の手術をしたひとだった。
彼女によれば、みんな口にはしないけれど、重たくなった瞼の手術はかなり多いらしい。
私が異常なのかとおもっていたので、ちょっとほっとした。

年をとるというのは、重力との闘いのだわね。

昨日は、歯医者に行った。
前歯の1本にひびははいって、そこに汚れがたまって、
みがいてもなかなかとれない。
歯医者さんのひとこと。

これは、againg 老化です。

今までのように、硬いものは食べないこと。
と、くぎをさされた。
治療は、保険でまかなえて、やれやれ。






今日の断捨離。
500gのウエイト。
あまりに軽すぎて、役にたたない。
なぜ、こんなものを買ったのか、まったくわからない。
15年ほど、いつか使うかもと、大事にもっていたけど、
日の目を見ることはなかった。子どものおもちゃにもなりそうにないし、全くほかに使い道がない。さようなら





Wednesday, May 9, 2018

Anise loves green food.






皆、どんな時に落ち込むのかな?

私の場合は、


家人のソックスを
洗濯物のかごの中に見たとき。

家人のソックスはどれもこれも、ネイビー。
これを洗って、ペアをつくるという作業がわたしはどうも、
好きになれないまま、
結婚生活23年経過。
ずっと、洗濯ものをとりいれたあと、このペアをつくることには、何の喜びも見いだせなかった。
洗濯物のかごのなかに、突っ込まれたソックスを見るたびに、お前は、この程度の仕事が
おにあいさ、
と、いわれているような屈辱感もありました。
そういうつもりは、家人にはないとはわかっているけれど、
どうしても、そういう感覚がぬぐいされないまま
23年の月日は、瞬くまにすぎてしまいました。



ネイビーのソックスのペアを作って23年。
あの、無駄な時間をついに
取り除く日がまいりました。

youtube は、見るものでございます。
生まれてこの方、こんなことになぜにきづかなかったのか。

なんと、安全ピンでとめる!!!
洗濯機にいれるまえにソックスのペアを安全ピンでとめておいて、それを洗ったらそのまま干す。ペアのソックスは、ペアのままなのです。

これは、最近にない感動です。

いつも、改善策を練っていれば、幸せな生活がある。ということで、ソックスをぬいで、
洗濯かごに入れる前に、かならず、安全ピンで、止めといてほしいと家人に頼む。
面倒だなーと、予定通りの言葉もでましたが、ここは、なんといってもひきさがれない。とにかく納得してもらいました。
その安全ピンでペアになってるソックスを
いつものように、洗濯ネットに入れて洗濯。

ということで、うちはまだいい。
大勢の家族を持つ人たちは、いったいどうしているのだろうと思ってしまう。



アルアイン、今日は、42度まであがることになっています。現在35度。

では、また明日。よい1日になりますように。


E-tegami






ある有名な人の言葉に心をうたれた。

彼は、どんなことがあっても、絶対に怒らないという。
いろんなひとがいる。
人々は、そのたびに怒りをあらわにする。
しかし、彼は、絶対に怒らないという。
理由は、怒りという感情は、その人より、
自分がましだとおもったときに、
自動的に現れると彼は言う。
なるほど、いわれてみればほんとにそうだ。
彼は続ける。
僕はまだまだ、人よりましだという域には、達していない。
まだまだ、学ぶことあって、
人より自分が賢いなんてことを思うことはできないと言う。
日本で知らないひとはいないほど
頂点をきわめているというのに、
自分は、まだまだだという謙虚さはいったいどこからくるのだろう。

もう一人の有名な人のことば。
彼も絶対に怒らないという。
もし、だれか非常識な
言動をしたら、
こう思うようにしているという。

人間は死後生まれかわる
この人は、ついさっき、何かからうまれかわったばかりだから、経験がないから、わからないのだと。
だから、多目に見てあげないとと、彼はいう。

頂点を極めた方々の、
半端ではない筋が1本と負った考えたかたには、ほんとに学ぶことがある。


と、ここまで書いたあと、
ダストシュートにごみを捨てにいったら、
またまた、ごみがダストシュートの前に置いてある。
ダストシュートのドアをあけて、
そこに、ごみ袋をいれるという作業がなぜできない?
このフロアーには、20件ほどの部屋がある。
いったい誰がそういう基本的なマナーがないのかを、確かめることができないのが残念だけど、ほんとに、怒ってしまう。
しかし、待て待て、ここで、怒ってはいけないのだ。

牛から、人間に生まれ変わったばかりの人かもしれないのだし。
などと、思い込む努力をするのは、結構疲れるのよね。



Tuesday, May 8, 2018

Still life





絵手紙、いつも、リンゴい1個でつまらないので、後ろに1個足してみた。
べたべたと、さわりすぎて、
新鮮さがない。
影の色が汚くてって、
くさっていそうな。
これをブルーとかすれば、新鮮にみえたのに。
まーこんなこともある。
人生いろいろあるのです。



最近、iphone で、20秒ほどのビデオをとり、
インスタにいれるのが、
楽しくなってきた。

しかし、まだ、iphoneようの三脚をもっていない。

カメラ用の三脚はあるので、それをどうにかつかえないかおもいながら、
Net で調べていたら、なんと、あったあった。

ナットがひとつあれば、
なんと、お店で、iphone 用の三脚を買わなくてつくることができる。
いま、とにかく、DIYで何とかならないかとばかり考えていて、
また、それも楽しい。

今朝お店に見にいったとき、サンプルの三脚が壊れていて
それがほんとに、iphoneを、全くさかさまにセットして、
自分が絵を描いているところのビデオがとれるような機能があるかどうか
確かめられなかったとき、これは、買うなということなのだろうと。
神様の
言葉が聞こえたような、きこえなかったような。

これから、何回使うかわからないような三脚に、3,600円は高すぎ。
我慢、我慢。自分でつくる。
これがうまくいった暁には、
ここにのせることにしましょう。


Sunday, May 6, 2018

Al Ain Palace Museum garden





先日友人と、 Al  Ain Palace museumに行ったときのスケッチ。テントのしたに、お茶をのむところがもうけられているところ。現場で仕上げるのは、ほんとにむずかしい。
紙がちいさすぎた。
紙が大きいと、扱いにくいし、
現場で描く練習が足りないなーの1枚。



断捨離は、加速度をまし、タンスの中はガラガラになり、
ついに、ソファセットと、ベッドを売っていいかというと、
家人がいいよと即答。
ソファに座ることは、1日に1分ほど。
ベッドは、寝るときだけ。(あたりまえだけど)
ジャーどこに寝てもいっしょだよね、
ってことで、売ることにした。
ソファーがなくても、ベッドがなくても、
死ぬわけじゃなし。

腰を痛めそうなくらい重たい家具の不必要性を考える。
ほんとにいるのか?

家人は、使いもしない食材を買ってくる。
冷蔵庫の野菜室で腐っていく。
それを私が処分というのを繰り返してきた。

仕事場で、いろいろあって、
スーパーであれやこれやをかごにいれることで、
心のバランスをとっているのだろうと、
ずっと、文句をいわないできたのだけれど、
もう限界。
買い物に行ってくるという家人に、冷蔵庫の野菜をつかいきってからにしてほしいと、
頼む。
冷蔵庫のなかがごたごたしていると、
使い切らないまま捨てるものがでてくる。
毎回お金がごみ箱にすいこまれていっている感覚。



UAEでの生活もいろいろと大変になってきました。
オイルで潤っている国なわけで、ガソリンはやすかった。
2000年にここにきたときは、ほんとに、安くてびっくりした。
しかし、昨日ガソリンを満タンにすると、3.000円ほど請求されて、
何かの間違いじゃーと尋ねたくらい。
ここでは、リッターいくらという表示がないので、ほとんどのひとが
リッターいくら払っているのか知らない。(と思う)
で、ネットで調べてみた。

The Ministry of Energy and Industry has announced new petrol prices for the month of May in the UAE.
The prices, announced on Monday, include VAT (5 per cent).

The per-litre fuel prices for May are as follows: Super 98 — Dh2.49 (Dh2.33 in April), Special 95 — Dh2.37 (Dh2.22 in April), and Diesel — Dh2.56 (from Dh2.43 in April)


          UAEの2.37dhsは日本円で、70円。



しかし、日本ではレギュラーで、137円。

ということは、まだ、ここUAEでのガソリンの価格は、

日本と比べて半額?




最近毎日なにか捨てるものはないかと、
家の中をうろうろ。
あ、そうそう、二人しかいないのだから、バスタオル2枚でいいのよね。
10枚ほどあるので、
きょうは、それを早速処分。

最近、ものを大切にしてない自分に気づいた。
例えば、タオルが10枚ある。
一つ一つに責任をもっていない。
自分が責任を持てる枚数というものがあるはず。
それは、10枚ではないはず。
ということで、
個々のアパートには、
お掃除のおにいさんたちが
たくさん働いているので、
もし、よければ使ってもらえるとありがたいという思いで、
かなり、新しいものは、手渡しするけれど、
もう、かなり使い込んだものは、
ダストシュート前におく。

捨てることは非常につらい。
しかし、その個々のものと気持ちがつながっていないのであれば、
持っていても同じ。
もっと、活用してくれるひとがいるかもしれない。
という風に思うことにした。

6月末には、ほとんどのものがなくなり、
めでたくお引越し。
というのが計画でございます。


By watercolour pencil




土曜には、必ず、K-POPのスターの絵を描きたいありやちゃんがやってくる。
写真から、描くのだけど、
ほんとに、いい修行をさせていただいている。
韓国の男の子は、なんであんなにつるつるお肌なの?
だれもかれも、同じような顔で、わたしは、まったくおぼえられない。
きのうは、水彩鉛筆でスケッチして、だーーっと、水をのせる。
だんだんと鉛筆がとけてきて、
赤の鉛筆の色で染まるという具合。
これは、絵具を使うより簡単で楽しい。
上達したような錯覚に陥ることができる。

1度つかっただけだった代物を、
処分まえに、記念に。
こういうものは、見事な衝動買い。
中に卵とかなんやらかんやらをいれて、
チンするとかいうもの。
洗うのが面倒くさくて、
ほんとに1度だけ。
900円ので、
もったいなくて
捨てられないとおもっていたけど、
もっていてもしょうがないので、
結局ゴミとなる。

これが
日本だったら、
メルカリとかで売れたのかなーとか
おもってしまう。

Saturday, May 5, 2018

Etegami to my mum




断捨離のyoutubeにはまってしまう。
やましたひでこ氏によると、
持っていても、使っていないければ、
それは、活用していないことになる。
物は、つかってなんぼ。


とにかく、どれもこれも、
1年以上つかっていないものばかり。

いつも、旅行する旅におもっていた。スーツケース一つで事足りるのということは、
これで生きていけるんだと。
しかし、家に帰るや否や、その大事な発見は、見事に飛んでしまい、また、
使わないものに囲まれた生活がはじまる。
着ない服をいれるための箱を買う。
箱にいれると、
倉庫にいく。
ふたを開ける。
もう、この二つの動作でさえしなくなり、
結局、その服は着なくなる。
なんて馬鹿げたことをくりかえしていた。
ということで、
とにかく、
タンスに入らないものは処分。
マーこれは、1年ほど前から、気をつけていたので、
それほど大変ではないが、問題は、娘のものの処分。

使わない服を整理する時間。
読まない本を整理する時間。
まったくばかばかしい。

これができないのは、とにかくもったいないと思う。

絵を描くと、ここでももったいない精神がでて、
あら、裏もつかえるわーなんてことで、
どんな絵でも大事にとってあるので、
これも、ばかばかしい。
きりきざんだりして、
日本にいる母に絵手紙で送る。
あまり、見栄えのいいものではないので、
身内以外には、送れないという悲しいものがあるけれど。

しかし、今朝は、すっかり気落ち。
カメラのバッテリーチャージャーがない。

まさか、まちがって、すててしまった?
わたしらしいわ。
また、あれを買わないといけないとなると、全く本末転倒。


Thursday, May 3, 2018

UAEのおねえさん






昔昔のでてきたので、きょうはこれ。





母の安否確認に郵便やさんを使ってしまってよいのか?
申し訳ないなとおもって、友達にしゃべったら、
友達も同じことをやっていた。
ということで、最近は、郵便やさんは、また違う目的で
国民のために働いているのねーということになって、
みんなで渡れば怖くないの心境。
 今朝のこの絵は、18㎝x24cm。

ずっと前に、葉書きの条件というのを読んだことがある。
ネットによると、10㎝x14.8cm
この15cmじゃなくて、14.8cmというのがよくわからないのだが。

しかし、郵便物は重さなので、重さに適した切手さえはれば
どんな形でも、サイズでもよいというのをよんだことがある。
例えば、丸い葉書きとか、三角のはがきとか。
ネットにそういうふうに、どんなサイズでも、形でもオーケーなんてことを書いてしまうと、みんな多様なサイズや素材まで、こだわるようになり、郵便局側として、
管理、配達に困るからではないかと、勝手におもっている。
くさらないものであれば、素材もなんでもいいときいたことがある。
たとえば、毛皮とか、プラスチックとか、ゴム製のものとか。





この像は、14㎝x18cm。

個々の郵便局に行って、さっそくきこうとおもったら、
残念ながら、
今日は、休み。



先日偶然、youtbubeでコジマジックというひとをみつけてしまって、はまってしまった。
彼の100円ショップで材料を買って、経費をつかわないで、部屋をすっきり片付けるというのは、ほんとに、神わざでみいってしまう。
早速、昨夜は、キッチンの断捨離。
1年以上使っていないものをすべて処分。
幸運にも、このアパートには、ダストシュートがついてそこにゴミを
何でもポイポイ投げ込むだけなのだけれど、まだ、まだきれいなお皿やら、
コーヒーカップやら、
4度も往復したほど。
よく考えれば、二人で住んでいるのに、
お皿が、30枚もいるわけはない。
18年間の個々の生活のなかで、
なんやかんやで増えていく。


かわいいーなんて、衝動買いをしたグラス。
使うかなとおもったけど、
小さいので、なんでもそそがなくてはならないのが面倒で、
結局つかわなくなったもの。

"いつか使うかも”というのが、だめらしい。
わたしも、せっかく買ったのに、いつか使うかなとおもってもっていたけど、
結局捨てることになった。
あとは、ブルネイにいるときに買ったお皿。
時々しか使わないということは、なくても大丈夫ということで、これも処分。
使わないタッパーがたくさん。
ほとんどつかってないのもある。サイズがおおきすぎて、
使い勝手が悪かった。

あとは、クッキーの型。
子どもが小さいときは、クッキーも焼いたけど、最近は、まったくしない。
あとは、カップケーキのカップだの、1年間使ってないものをすべて処分。
なんだか、すごくすっきり。

あとは、娘の山のようなマニキュア。
自分のものは捨てられるけれど、
さすがに人のものは、捨てにくい。
誕生日のたびにもらったらしいこういうものを、
いったいどうすべきか。
オーデコロンみたいなものも
7本くらいある。
どれもこれも、中途半端につかってあって、
ひとにあげることもできない。

贅沢な時代。
物があふれていて、
いかに捨てるかに、エネルギーをつかうっていうのは、
ホントに、悲しい。

あとは、アートのしなじな。
これが頭が痛い。

友人が教えてくれた、この国にいるとなにがあるかわからない。
3日のうちにこの国をでていかなければならない、なんてことになってもいいように、
スーツケースの準備はできているというので、
わたしもやってみた。

もう、パスポートもいれてあって、現金も少しいれてあって、
あとは、出ていくだけ。

幸運にも、このアパートでるとき、処分できないものは置いていっていいと、
セキュリテイのお兄さんに言われているので、すごく気が楽。

今日は、今からアートとこ整理します。
すっきりした部屋の写真をいつここにのせることができるか楽しみ。

Al Ain







落ち込むのは、自信過剰の証らしい。
こころのなかで、
自分はほんとは、もっとできるはずとおもっているから、落ち込むということになる。


絵でもなんでも、頭の中にあるものがそのまま
形にならないときに、あーあ、落ち込むなーなんて言葉を口にするが、
結局それが、実力なのだと気がつく。
今日の絵は、いつも、通る道を思い出しながら、はがきサイズに、ほとんど、想像で描くのだが、
車の手前は薄い緑にして、
真ん中に三角をつくってとか、
私なりに、いろいろ考えながら描くも、
そんなに簡単ではない。
車も、車といわないと、わからない状態になり、
あーあ、まだまだだなーと
溜息をついてしまう。

今朝は、娘のマニキュアを床に落として
割ってしまった。
割れた瓶から、
こぼれ落ちるマニキュアが手にちょっとだけついた。
これを、水で洗い落そうとしたら、
大変なことになった。
真っ赤なマニキュアで、両手が染まった。
マニキュア落としがないので、
真っ赤の手のまま、スーパーに買いに行く。
まるで、人殺しでもしたような手に店員さんは、
きずかないふりをしてくれたのだが、
そのほうが
余計にへんだった。
あらー、手どうしたんですか?
とか言ってくれたほうが助かるのだが。

こんなときは、目いっぱい落ち込む。
割れた小さなボトルのおかげで、
朝のやるべきことは
すべておじゃんになった。

ほんとに、そそっかしくて、われながら、いらいらする。

なかなか頭のなかで、イメージしたとおりに物事が進まない。


イギリスにいる娘から、さくら満開ですーと、
写真が送ってきた。そうだ、イギリスにも桜があることをおもいだした。
落ち混んでいた朝だったけど、
ちょっとだけ、気持ちが
明るくなった。









Wednesday, May 2, 2018

Al Ain






禅の言葉に、’’求めているときは、見つからない’’という言葉がありますが、つまり、多くの人は、’’何々がないから、私は不完全な状態なのだ。その、何々さえ得られれば、文句ない状態になれるのに’’というメッセージを、自分自身にむけてなげつけているのです。

自分が不完全だと考え方は錯覚です。あなたは、すでに完全な人間であって、何かほかに、必要とするものなどありません。この事実を理解すれば、こうしたたぐいの欲望は消え、解放され、自由になれます。

ほんとうの目的だけに沿って生きることを決心し、自分に必要なものは、すべて与えられると、宇宙に身をまかせたからです。
また、お酒を飲んだ時の高揚した気分やリラックス感を追い求めることをやめると、お酒で酩酊するよりも、もっともっといい気分でいられるようになりました。


自分の求めるものは、いつでも、自分の内側でつくりだすことができる、とわかったら、
もう外側のことは、不必要になります。

ウエイン W  ダイアー

アーこれが、私の言葉だったらなーと思うのだが。
こういうハウツーものの、本が数冊あるのだけれど、
どれを読んでも、それができれば、苦労はないんだけねーと
溜息がでるだけ。

まだまだ修行がたりないのか。







Monday, April 30, 2018

Bye bye sewing machine





先日、信号待ちの時に、ピヨピヨと、鳥の鳴き声がすることを思い出すと書いたのだけど、おおばかだった。
あれは、歩行者のかたがたにリラックスしていただくためなんだと、今まで思い込んでいたのだけれど、これが理由がほかにあることをたまたま聞いていたラジオで知った。
視覚障害者のためだという。
なるほど、そういわれれば、そうよね。
信号が見えないひとたちへ、音でうながしてあげるということなわけで、私はずっと、勘違いをしていた。

こういう勘違いが、ほかにもあるのだろうなとおもう。

いまは、EU問題で揺れに揺れるイギリスだけれど、18年前日本の8か月ほど、住む機会があった。ベビーカーを押してどこまでも行けるあの国は、天国にみえた。
電車と道路の段差がない。
買い物をするにも、どこへいくにも、
ベビーカーを押して不便を感じない国だった。
おまけに、犬までのっている。
ちゃんとしつけられた犬たちは、びっくりするほど、
静かに座っていた。
電車の一番広いあたりは、ベビーカーと犬で、占領されていたが
迷惑そうな顔をするひとはだれもいなかった。

ところが、日本にくると、ベビーカーとか、車いすで快適に暮らす街の作り方になっていなかったことに気がついた。自分がその立場にならないと、わからないことがある。


あの、ピヨピヨの信号の、ピヨピヨの鳥の鳴き声の提供は、
日本野鳥の会らしい。日本も、がんばっているのよね。







Sunday, April 29, 2018

Towards the sound






相手が何人であろうと、どんな状態であろうと、相手の立場になって、してほしいことをしてあげる、ということ。
自分自身を完全に与えることこそ、人間関係の目的なのです。
わたしになんのメリットがあるのか、とばかり、考えるのは、やめましょう。
無条件で与え、相手の対応を無条件で受け入れましょう。
たとえ相手がどれだけ嫌な態度をとったとしても、憎しみに対して憎しみで返し、怒りに対して怒りで対応してしまうとしたら、それは、相手の態度の問題ではなく、あなたの問題です。
オレンジから、リンゴの果汁はでてこないように、あなたの内側にあるのが愛ならば憎しみを返すことはできなくなります。

ウエイン W  ダイアー



何か毎日書きとめると決めたので、
何かをとにかく書く。
しかし、何にも浮かばないときは、
いつも持ち歩く、本の中の一説を使わせていただく。
ずるいことをしてしまった。





Saturday, April 28, 2018

Still life





今日は、インチキして、昔の絵。

この町に住んでいる日本人は、仲がいい。
月に1度ほど、
集まって、お茶をしながら、
情報交換。
主婦があつまると、
子供の話から、
学校のはなし、 
夫婦の話から、投資の話までいろいろと、
盛りだくさん。
わたしが、物を持たない生活にあこがれる話をしていると、
一人のひとが、
終活ですか?
というので
そういうことね、
と返した。
いやー、子どもがいなくなると、
こんなになにもかもいらないくなるものかと
驚くわーなんてことを言っていた。

その夜、終活ですかといったひとから、謝罪のメッセージがはいる。
終活なんて失礼なことをいって、申し訳ないという。
わたしは、なにも失礼なことはないわ、なんでそうおもうの?と
逆にきいた。
人は、死について語りたがらない。
これは、どうしてだろうといつも不思議におもう。
遅かれ、早かれ、最期のときがくる。
もっと、語るべきなのではないだろうかと思う。
誕生日をあれほど祝ったのだから、
最期の日だけを、まるで、存在しないかのようにするのはおかしい。
避けては、通れないのだから、それにむけて、準備をすることは当たり前のことなのだが、なかなかそうはならない。マー私も、この年になったから、こんなことがいえるのだろう。



倉庫の整理で、
小さな絵がたくさんでてくる。
そのまま処分ももったいないので、
こんな感じで、絵手紙をつくる。
大きな絵も、絵手紙になりそうなところを切り取って、
絵手紙をつくる。
母が楽しみにしているのか、してないのかはさだかではないけれど。
ちょっと、恩着せがましいかなとも思う。

Friday, April 27, 2018

Yuzuru Hanyu






”死後の人生のために、今を生きている。”と彼女はいう。

ここに、18年いるけれど、モスリムの人と宗教について、話をする機会はなかった。宗教の話は、どこに行っても繊細な話題で、話にくいのは同じ。

私は、個人の差があるけれど、イスラムほど、宗教が日本人の生活の中に、入りこんではいないことをいうと、彼女は驚いていた。

イスラムでは、火葬はしない。
その理由は、死後の世界があるからだ。
それは、聞いたことがあった。
死後の世界は永遠につづくという。
今の世界は、60歳だの、70歳だの、80歳だので、
終わってしまうが
死後の世界は、永遠につづくという。
その永遠に続く死後の世界のために、今を生きているという。

あなたは、死んだあとどうなるとおもうのかと、
彼女が訪ねるので、
死後どうなるのかということに、真剣にむきあったことがないと正直に答えた。

死後にもう1度人生があるというイスラム教の彼女からすれば、それはとんでもなくおかしな回答だったにちがいない。

もう1度生まれ変わるという考え方もあるけれど、人それぞれ違うと思うということは、付け加えた。日本では、そのあたりは、多様性に富むと思っている。モスリムのひとたちが、コーランを読んで、そのことに、一緒に、焦点を当てるということはしない国民だとおもっている。

自爆によって、たくさんの人の命を奪ってしまう人についてどう思うのかきいてみた。

あの人達は、イスラムの考えを間違って解釈しているのだと悲しそうに彼女は言う。


人の命を奪う行為は、仏教の世界でも、キリスト教でも、どんな宗教でも起こっているのに、イスラムだけに異様に焦点があてられるのは、納得がいかないという。

では、なぜ、イスラムだけに、焦点があてられるとおもうかの私の質問には、わからないと、ため息交じりに答えただけだった。

モスリムの女性がスカーフをするホントの理由も、知ることができた。
女性の髪は、男性にとって、セクシーな物にうつる。
それを隠すことによって、セクシーなもので、女性が男性に評価されるのではなく、
どういう人間性をもっているかで、評価されるがためにスカーフでそういう男性を惑わす部分を隠すというのが本来の考え方だという。

彼女は、日本の宗教について知りたがっていた。
お互いに知りたいことがたくさんあったけど、時間切れだったので、
もう1度機会をもつことにした。









最近、インスタグラムに凝っている。
ビデオがスマホで、1分足らず作ることができる。
この便利さには、ほんとに感動。
毎日出す、母への絵手紙も、最後のタッチを加えるビデオをつくって、インスタグラムにいれる。
こうすると、何を送った一目でみることができて、いい記録になる。
盆とに便利な世の中になったものだ。

では、また、あした。