Tuesday, October 4, 2016

October



17・10・2016


9歳の子がアフリカの男の子を描きたいというので、きのういっしょに描いてみた。





どうして、神様は、人間を悲しいときに涙が出るような生き物につくったのだろうと思う事がある。

悲しいという言葉一言では、どのレベルの悲しさかはわからないので、
言葉なんてあてにはならない。
悲しさレベル10が一番うえとしたら、誰かが、悲しいといっても、
悲しさレベル1かもしれないではないか。

つらいと一言でいっても、つらさレベル10かもしれないし、つらさレベル1かもしれない。

だから、わたしは楽しかったという言葉が大嫌い

<きょうは、運動会でした。楽しかったです。>

これは、典型的な、一例だけれど、どれくらい楽しかったかは、この言葉だけではわからない。

私は、言葉で何かを表現することは得意ではない。
自分の気持ちをうまく盛り込めない。

それで、絵をやっていてよかったと思うことがある。
自分の喜怒哀楽を
絵を使って、表現することができるのではないかと思っている。

それを、見たひとが勝手に自分の人生に重ね合わせてみるわけだから、
1枚の絵とはいえ、ひとによって、
とりかたがちがってくる。

それが、絵のいいところだとおもう。

だから、私は、何かをきれいに、描くことが大切だとおもっていない。

写真の様に描いてしまうと、
そこに何かを捕らえただけのような気がする。

私たちは、成長している。

日々すこしずつではあるが、
前に進んでいる。

その進んでいる、動いているという
感覚を絵にこめたいと思っているので、
私の絵は、ちゃんとした形をしていないことが多い。人によればいい加減にみえるかもしれない。

世界は、色にあふれ、
色は、風にとばされ、風は、また色を運んでわたしたちの
体にまとわりつく。

美しい過去をもつ人にも、
美しくない過去を持つ人にも、
平等にまとわりつくのだ。

悲しいから涙がでるのか、
涙が出るから、
悲しくなるのか、
わからなくなるときがあるのは、
わたしだけだろうか。











もう、この世に未練はない。
I have no lingering attachment for my life.
( I have no idea how to translate this sentence to English、if somebody knows please help to translate this)



こんな私を許してください。
Forgive me please.







実は、、、、、、。










未練があります。

ハニーの大好物の,のりをひらひらさせると、3階のバルコニーからの身投げはおもいとどまりました。やれやれ。



きょうは、Dubaiで4つの用事をすませなければならなかった。
HSBC Jumeira branch.
Al Safa park
のすぐ前。
のはずだった。
何年もこのあたりには、いってない。

今日は、4箇所をまわらなければならないので、運転手をやとった。

何年もまえのあの風景は様変わりもはなはだしく、
あちこち
橋のようなものができている。

Al Wasal Street は、
まるで、
別世界。
レストランとカフェが
延々と続くとストリートになっていて、まるで、私は、浦島太郎。
あのヤマハのカフェまでできていた。

いくら走ってもない。
道は新しいし、工事だらけ。
どこもかしこも、
ひっくりかえっていて、
まるで、爆弾がおちたあとのよう。

その支店はうつったばかりで、ネットに、地図はのってなかった。
電話をしてもでない。
とにかく、
あちこち走ってもらった。
この辺のはずといっても、工事のため、なかなかいきつけない。
ついに、タイムオーバー、3時になった。
銀行は3時でしまる。

ばかばかばか。

こんなこともあるさ。


あと、Amerrican Hospital 、
Emirate Tradingはすぐにみつかり、
4時の遅いランチも、運転手のアスラムさんと無事終えた。

今、ドバイは、世界で一番高いあのビルのよこあたりに、川をつくろうとしている。
ということは、川を計画しているところに、いまあるものをすべて取り除かなければならない。
だから、あちこち橋だらけで、非常に見苦しい。

何年後に川が完成するのかわからないが、
砂漠に生きる人が水にあこがれる気持ちがわからにないでもないが、
それにしても、いったいこれを完成させるために、
どれほどの費用がかかるのか想像もつかない。



 Al Ain vegetable souq

 One day, when I went to the souq  for sketching.
He was sitting down on a empty vegetable shop. The pose was perfect.He was holding his smartphone on his right hand. His muscle was very different from other workers.
Wow you have beautiful arms and nice shape. What kind of sport do you do?
He said he was one of boxing champion in Afghanistan, but he has to work vegetable shop so there is no chance to boxing in Al Ain. I feel sorry to him. but he doesn't look like sad. He looked like having a certain ambition for his future.


死臭 13・11・2016

彼も、あんなところで、自分の最後がくるとは知る由もなかったとおもう。
昨日、横を車でとおりすぎたときラウンドアバウトの横で、死んでいた。
ここでは、そういう動物の死骸をすみやかに取り除く部隊があるらしく、何日も放置されるということは、あまりない。それも、交通量のおおいところは特に。
ごめん、なにもできなくてといって、車でとおりすぎた。

今日、たまたま、また同じところを走ったら、彼はまだそこに横たわっていた。
2日目。
見てしまったと思った。

10月とはいえ、まだ昼間は、40度をこすなかで、2日目。ラウンドアバウトの近くなので、そこをとおりすぎ、近くのカフェの駐車場に車を止めて、車の中に、幸運にももっていた紙袋とプラスチックバックを手に取り、猫のところまで炎天下を歩いた。思ったより遠い。

車がおおいので、わたるのも注意をはらわないといけない。
猫の死骸が近くになるにつれて、どきどきした。
猫の横にひざまづく。紙袋を横に置き、彼の上体を持ち上げた。うじがわき、ハエが飛び交う。背中に受けた生々しい傷を見たとき、即死であったことを祈った。
プラスチックの袋をはめた手で、紙袋に彼をシフトする。
体の下は、真っ黒の血が乾き始めていた。

なんといっても、匂いがすごい。
尿や便のにおいは、しばらくすればなれるけど、死体のにおいだけは、慣れなかったと、看護婦をしていた友人がぽつりといったあの20年前のことがぽっとおもいだされた。

死臭を放ち、ハエが飛び交う死体を、車のトランクにおいた。
運転席に座ると、まるで、腐った生ごみの中に頭を突っ込んでいるかのような、すさまじい匂い。
そのまま、まっすぐ走ると砂漠がある。
家に帰って、園芸用のスコップを取る間もない。とにかく、車の中、死臭がすごい。窓をあけてもすごい。

砂漠の入り口には、
何本もの木がはえている。
4輪駆動で、砂漠をかけまわるおにいさんたちにひかれないように、
木の生え際に素手で穴をほる。
しばらくほると、ありの巣を直撃したらしく、巨大なありが、つぎからつぎへと、出てきて、右往左往。ついには、私の足にのぼりはじめた。こんなのに、さされたらたまったものではないと、そこはあきらめ、もう1本のほうの木の根元にあなをほる。

申し訳ないとはおもいながら、うじ虫で覆われた彼をもう1度見る勇気はなかったので、袋のまま、埋めた。
たぶん、ピクニックにきたひとが、拾って、そのままおいていったであろうヤギの頭蓋骨が落ちていたので、それを、
墓石代わりにして置いた。
ヤギに守ってもらってね。
と、手をあわせた。

車にもどった。
窓をあけていたけど、
彼の死臭は、まだ、かなり残っていた。

でも、なぜか、いやな気持ちはしなかった。死ぬとこんな匂いになるんだという感じ。動物だって、人間だって、死ぬとみんな同じ匂いを放つんだとしみじみ思った。じゃーこういう匂いを放つまえに、私ができることはなんだろうと思った。
死骸にでさえ、学べるようになった。
私は、着実に前に進んでいると思う。




12/1-/2016
Al Muwaiji, Al Ain

The date tree reminds me a fire work.There was no people when I was there, so I imagined people are walking around the tree. I used poster colour gold paint a bit.


This morning, my student's mum came up and taught me how to take high resolution image.
She left her camera after her lecture.She recommend me to learn how to use the camera.
I never borrowed somebody's camera. Especially this kind of expensive camera, so I am so scared to use it.
If we need high quality of result, we should use a high quality computer as well.
That  I can understand.
I want to buy this kind of camera anyway!!!

As a next stage, I have to study how to use cameras.



I made story " Golden Sand" yesterday. It took an hour to finish it.
The source came from my paining which I painted some camel and sand dune.
I used some poster colour gold paint on it.
An idea flashed into my mind.
I cried many times, when I was reading this story.
When I was proofreading, I cried again and again.
So I am thinking about making kids book  with it.
I need a Pakistani camel trainer as a model for illustration.
It would be very hard to get the model than illustration, because I can't'speak their language.
 I hope I can get somebody as an interpreter.



人の悪口など、いうものではない。
わかっている。
母親という手前、ロールモデルにならなければならないのに、
ちょくちょく忘れてしまう。
まだ娘が小さかったころ、よくスーパーに買い物にいった。
レジで、何度もいらいらさせられた。
バーコードでの読み取りのおわった商品をわたしは自分で、袋にいれる。
この日本では当たり前のことだけれど、
ここでは、袋詰係というのがいる。
そのため、
どれだけの人が列にならんんでいて、いらいらしてしても、
のんびりと袋に入れてもらうまで、ぼーっと、
見て待っている。
手伝えば早いのにという考えはない。
全部袋につめ終わったのをみてから、
おもむろにバッグのなかに手をつっこみ財布をさがしはじめる。
要領がわるすぎる。
この辺で、わたしは、
ついつい、日本語で文句をいってしまう。
気がつかないのよねー。何人が並んでいるのか見えないのよね、などと。
日本語がわかる人は、ここUAEではまずいない。
わずかな日本人がいるが。

今年の夏、日本に帰ったとき、大失態をやらかした。
コンビニのレジに
げげげのキタロウのような頭のおにいさんがいた。
あまりにひどいので、

この人の頭、ひどいよね。
と、娘のほうをみて
さらっといってしまった。

なんと、キタロウヘアーのおにいさんの目の前で。

言ったあともすぐには気がつかなかった。

うちの娘の顔が見る見る赤くなる。
で、小さな声でわたしにい言った。

おかあさん、ここ日本。。。

あちゃー。
やってしまった。

げらげら笑うわけにもいかず、誤るのもへんだし、ひたすら、わたしのレジが終わるのをまった。
コンビニの外で、おなかを抱えて
笑って待っていた娘が、
おかあさん、これは、
歴史にのこる大失態だね。











11/10/2016

昨日は、ネットのコネクションがなくなり、1日pcを触ることがなかった。
ネットなしでは、あれもできない、
これもできない、、、、、。
ネットがなかったころの生活が思い出せない。


今朝葉、自分のらくだの絵から子供の本用の物語をつくった。

泣ける。

校正のために読み返すたびに泣いた。

自分の書いたストーリーで泣くというのは、おかしくないか。
だって、
泣かせるところは、自分で熟知しているはず。
そこにくると泣くというのは、やはり、おかしくないか。
がんがん泣いていると、
電話局のお兄ちゃん登場。
ネットが使えないので、
来てくれと頼んでいた。

しかし、ドアをあけたとたん、泣いてぼろぼろの顔の
女性が立っていたわけで。

わけを説明するのも変なので、
笑ってごまかしたけど、私が想像するに、電話局のおにいさんは、
夫婦喧嘩でもめもめのややこしいうちなのね。とおもったにちがいない。


おにいさんのおかげで、さらっとすぐにネット復活。
家の電話番号はなんですかと彼がいう。

なんと、私たちは、家の電話をつかっていない。
それなのに電話局に毎月、
電話のレンタル料をはらっている。

家の電話から、家の電話はただ。
しかし、最近、誰かの家に電話するということがない。
ゼロに近い。
すべては、携帯から、携帯へ。

わたしが小学校4年生のときに、
電話がついた。
あれは、夢のようなできごとだった。

あれから、50年。
あのころ、
こんな日がくるなんてことを
だれが想像できただろうか。





いまひとつ、ひらめかないときは、倉庫にいく。
そこに、中途半端になげうたれた絵の数々。
どうやって終わろうと、悩んだときは、もうだめ。
ひらめくまで、待っていただく。
きょうは、この1枚。
半年かかって、完成。
モスクの後ろになにかある!
って想像して、ちょっと筆で遊んでみた。


うちのバルコニーから。
なんと、断しゃりで、ピクニック用の椅子をひとにあげてしまったことを、後悔。
ものを処分して後悔することは、ほとんどないのに。
こういうアパートに引っ越せるとはおもっていなかったので
残念。


ぞうのうえにぶどうを置いてかいている。
あまりにもtea potのスケッチで時間をとられて色を塗るエネルギーがなくなった。

これは、いつもいく歯医者さんの入り口のちかく。
なかなかいいアングルではないの?と
現場でスケッチ。
絵におこさなければとおもっているのだが、
もうすでに1ヶ月経過。
最近、することが多すぎないか。



La Brioche cafe in Al Ain

This piece was left for a week, behind my art table.
I was not sure how to finish it.
because I wanted to create something with those chairs. Finally I chopped some legs. 
I am quite happy with them.





うちの2階のバルコニーからの眺め。
1ミリのにもみたいないような、種から、こんなにりっぱな
バジルになった。ほぼ、1ヶ月経過。
もう、十分食べられる。
しかし、
食べられない。
毎朝、毎朝、水をやって育て、愛情いっぱい。
どうしても、食べられない。
これも、わたしのこどもみたいなものだから。

猫の、ハニーは、はっきりいってあまり賢くはない。
しかし、鉄の棒の向こうに、バルコニーが続いていないことは、わかるらしい。

昨夜は、ちょっとネットで、あれこれ検索しているときに、天を仰ぐおにいさんの写真をみてしまった。
みてしまったというのは、
あーまずい、もう寝ようとしているのに、
描かねばならんという感覚。

この再生紙の茶色の紙がとても好きで、
これに毎日1枚はと、決めた。
変に体が細いおにいさんに
仕上がり、
満足。



開かない扉はない!
むかしは、
なにかのコピーみたいなこんなフレーズを、みのがしていた。

先日、ズッキーニフリッターの
絵をある筋で、描かなければならなかった。
できあがって、送ってみた。
いいかんじですといわれたけど、
いまひとつ。
どうもいいアイデアが浮かばない。

偶然だけれど、鼻の調子が悪く、
ドバイのAmerican Hospitalに行く用事があった。
待ち時間には、
25分あった。

アルアインから1時間半のドライブもつかれたし、ちょっと朝ごはんとおもって、病院のなかにあるおしゃれなカフェにいった。

なんと、そこにずっきーにフリッターがガラスケースのなかにケーキとおなじように飾ってある。
グリーンピースがちょっと、飛び出ていて
体によさそう!と
自動的に感じた。

2枚セットで野菜と、ソースがついてきた。
白いお皿になかなかはえる。
これだ!!!
扉は開いた!!
とおもった。

写真をとって、家で描いてみた。

前より、いいものができあがった。

開かない扉はない!
第1段でした。







My Japanese friend bought this piece.
I painted it long time ago.
All my works are like my babies. I always turn to be sentimental whenever they go somewhere.


この絵を買ってくれたその彼女が去り際に言った。

私、たこ焼き屋さんで、働いていたことがあるんです。
きれいにくるっとひっくり返ると、もうどうしようもなく、
かわいくて、
売りたくなかったのを思い出しましたって。
だから、自分の描いた絵も自分の子供みたいだから、
売りたくないことないですか?

絵とたこやきがおなじところに並ぶ発想が、
彼女らしくて、
やさしいひとなんだとおもった。

この絵のまわりに、
たこ焼きがならんでいるのを
想像してしまった。






ついに、嫁に行ってしまったゴリラの3点セット。
日本で、ある人の部屋をかざることになった。
どういうふうになるのか見てみたい。
このゴリラを描くきっかけとなったのは、
Al Ain Zooにいた一人きりで生きていたゴリラがモデルになっている。
つまらないだろうからと、
ウサギをペットに与えられたりしたときいたけど、
パートナーを見つけるには、
年をとりすぎていたらしい。
いつもガラスの向こうで、
悲しそうな顔ですわっていた。

ニュージーランド人の友達と、
スケッチにいったとき、彼女は
ガラス越しでなにも聞こえないだろうに、
必死に話かけていたあの姿がいまでも、
目にやきついている。

彼女がいうのは、
わからないとおもうのは、
人間だけであって、
言葉をかければ、かれらだって、わかるはずという。

胸を打たれることばだった。

心残りは、
この絵をせめて、
あのゴリラにみせにいけばよかったとおもった。

わたしは、まだまだ修行がたりない。




ついに、10月。
あと、3ヶ月というのに、なかなかいろんなことがすすまない。
どれも、これも、中途半端にならないように、集中せねば。
最近、ことごとく思うことは、人はひとりでは、なにもできないんだということ。人との出会いがこれほど、大切と思わされたことはない。
おかしなことがつづく。
ひとりの絵の生徒さんは、ヨガの先生。
そこに、graphic designerのひとがいるという。
私は、最近ずっとgraphic designerを探していたのだ。

ある、リサーチの仕事をしなければならなくなった。
一人の生徒さんが、Risk consultantをしている人が、絵を習いたいといっているといってきた。
最近おかしい。こんな人がいたら、いいのになとおもうと、
すぐみつかる。
こんなことってある?

UAEの不動産のことをしらべなくてはいけなくなった。
ふと、考えると、知り合いのだんなさんは、不動産屋を経営していた。
明日あうことになった。

最近ずっと、クロッキーモデルを探していた。
なんと、facebookをみているとき、そのなかに自分の写真をのせているしりあいの女性がいた。
モデルの仕事、二つ返事でオーケーとなった。
なんだか、うまく行き過ぎて、最近ちょっとこわい。
気をつけないと、、、、。

あ、早々、アラビア語英語の通訳のできそうなひとも偶然だけど、うちのヨガモーニングにくることになった。次は、どんなひとがみつかるか楽しみ。


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